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作成者:内海慶一
Author:UTSUMI Keiichi
picto@mx35.tiki.ne.jp
ライフログ


<   2017年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧
都市鑑賞と「ソトの眼」についてのメモ(1)

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(写真/『守貞謾稿』)

2017年3月4日に開催したトークイベント「都市鑑賞論」(出演:大山顕)で、私は初めに喜田川守貞の『守貞謾稿』に触れ、守貞が大阪から江戸へ移動したことによって「ソトの眼」を獲得しただろうと述べた。

「ソトの眼」とは、例えば旅人が旅先で街並みを見る目線のことだ。地元の人間にとっては当たり前すぎて気にとめないようなものでも、旅人の目には新鮮に映る。私は、守貞が江戸という異郷を見たことが重要なのではなく、江戸という異郷を見たことで、生まれ育った大阪を振り返って「ソトの眼」で見たに違いない、そのことが重要なのだと述べた。

続いて国木田独歩の「武蔵野」を挙げ、(当時の人にとっては)なんのへんてつもない郊外の風景に独歩が魅了されていたことを紹介した。これは柄谷行人の『日本近代文学の起源』がヒントになっている。柄谷は独歩が見た武蔵野を、日本人が初めて見出した「風景」ー歴史的・文学的な意味(概念)に覆われていない風景ーとしている。

桜の名所を夏に訪れた独歩を、地元の住人は不思議がる。

『今より三年前の夏のことであった。自分はある友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋がある、この茶屋の婆さんが自分に向かって、「今時分、何にしに来ただア」と問うたことがあった。
 自分は友と顔見あわせて笑って、「散歩に来たのよ、ただ遊びに来たのだ」と答えると、婆さんも笑って、それもばかにしたような笑いかたで、「桜は春咲くこと知らねえだね」といった。そこで自分は夏の郊外の散歩のどんなにおもしろいかを婆さんの耳にも解るように話してみたがむだであった。』

国木田独歩「武蔵野」

その場所に住む「婆さん」は「ソトの眼」を持たない。前掲の文章は、そのことをわざわざ強調しているように読める。独歩は、自分が新しい眼でこの風景を見ていることを自覚していた。

「武蔵野」が発表されたのは明治31年。その3年前は明治28年。独歩らが乗車したのは、明治22年に開業した甲武鉄道(中央線の前身)だろう。文中の「境」とは現在の武蔵境駅。独歩らが歩いたのは現在も桜の名所として有名な小金井堤である。

夏に散歩をするためだけに気軽に郊外まで足を運ぶことができたのは、交通の発達によるところが大きいだろう。それだけが理由ではないにしても、若き文学者が「ソトの眼」を獲得するに到った要因の一つに鉄道による「移動のしやすさ」があり、しかもほんの6年前までそれが叶わなかったという時代のタイミングを考えてみるのも面白い。

イベントで話した内容を踏まえながら、「ソトの眼」についての考察を今後も記していこうと思います。次回は「時間的移動」について。

(続く)



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by pictist | 2017-08-31 14:37
鉄管スロープのサイトをつくりました
「鉄管スロープ」のサイトをつくりました。
https://pipeslope.jimdo.com

サイト内に書いた解説をこちらにも転載しておきます。

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2016年6月、岡山市で『街角図鑑』出版記念スライドトークLIVEを開催した。イベント前に東京からお招きした出演者のみなさんと街歩きをした際、それは「発見」された。
「こういうの、岡山にはよくあるんですか?」
と東京メンバーが指差したのは、鉄パイプでつくられた段差スロープ。駐車場や車庫など、車が出入りする場所に設置されているものだ。岡山在住の私には見慣れたものだった。
「ありますけど…え? 東京にはないんですか!?」
驚いた。どこにでもあると思っていたものが、そうではないと知ったときの愉快な衝撃。

実家のある広島県福山市(岡山県との県境に接している)でもよく目にしていたはずだ。では、この鉄管スロープ(と呼ぶことにした)はどこからどこまでのエリアに存在しているのだろうか。
さっそくツイッターで目撃情報を募った。グーグルストリートビューもチェックした。その結果、どうやら鉄管スロープは岡山県内と広島県内にのみ存在しているらしいことが分かった。一部、三重県桑名市や愛知県名古屋市などからも目撃情報が寄せられたが、ほんの数例であり、例外的な事例らしい。興味深いことに、岡山・広島に隣接している県(島根、鳥取、山口、兵庫)でもほぼ目撃例がなく(各県の在住者から「見たことがない」という証言が寄せられている)、県境を越えたとたんになくなるようだった。

鉄管スロープがいつごろ誕生したのかは分からないが、少なくとも50年以上は経っているだろう。1972年生まれの私自身、幼いころから目にしていたような気がするし、古びた鉄管の劣化具合からも、20〜30年どころではないだろうと推測できる。
鉄管スロープはどこの街で生まれたのだろうか。岡山か広島か。時間が経ちすぎていて、特定することは難しそうだ。

鉄管スロープは、それぞれの町の鉄工所がつくっているのだろう。取材をしてみたいが、ツテもなく、今のところ調査ができていない。今もときどき新しい鉄管スロープを目にすることがあるので、どこかに製作経験を持つ現役の職人さんがいるはずだ。話を聞けば、少しは鉄管スロープの歴史に触れることができるかもしれない。

鉄管スロープは現場の状況に合わせてつくられている。すべて一点モノで、一基ごとに個性がある。だから見ていて飽きない。たまにハッとするような、創意に富んだ作品もある。
岡山県か広島県を訪れた方は、ぜひ足元を気にしながら街を歩いてみてほしい。


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by pictist | 2017-08-21 21:41 | あれこれ
私たちは「都市鑑賞者」だと思う
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2017年3月に大山顕さんと「都市鑑賞論」というトークイベントをやりました。このイベントタイトルは最初から決まっていたわけではなく、イベント内容を打ち合わせしているとき、大山さんから「自分たちがやっていることを総括するには、どういう言い方をすればいいのかなあ」という投げかけがあったのです。そこで提案したのが「都市鑑賞」という言葉でした。

この言葉を出したとき、自分の中でスッと何かが楽になったような感覚がありました。考えてみると、自分たちがやっていることを一言で表す言葉が今までなかったなと。気づかないうちに、漠然とした「伝わらないストレス」を感じていたんだなと思ったのです。

街を歩いて、見て、ときには写真を撮る。そういった行為を指す言葉。人によって興味の対象は様々で、細分化されているけど、それらをひっくるめて表現する言葉がなかった。「路上観察」という範疇からははみ出しているし、「まちあるき」だと、ほとんど何も言ってない。

私たちは「都市鑑賞者」だと思うのです。

自分とは違うジャンルを追い求めているけど、でも同じ感覚を共有しているような、好奇心のベクトルが近いような、そんな人たちが大勢いる。「路上観察」「まちあるき」では今ひとつ捉えきれなかった「ある共通するタイプの人たち」が、「都市鑑賞」なら線でつながる。心理的な距離も近くなる。そんな、ちょっとしたうれしさを感じます。

ここで言う「都市」は、人の営みに関わる場所全般として、広義の意味で捉えていきたいと考えています。たとえば人里離れた山奥にあるダムも橋も、都市鑑賞に含んでいきたい。都市のバックヤードも都市の一部として考えたい。

というわけでここ最近、都市鑑賞という言葉を積極的に使い始めてます。

違うけど似ている。似ているけど違う、私たち。タイル、電線、室外機、給水塔、タイポグラフィ、路上園芸、ガソリンスタンド、すべり台、エスカレーター、送水口・・・都市鑑賞趣味をお持ちのみなさま、あらためまして、よろしくお願いします。



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by pictist | 2017-08-04 04:38 | あれこれ