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作成者:内海慶一
Author:UTSUMI Keiichi
picto@mx35.tiki.ne.jp
ライフログ


カテゴリ:レビュー( 5 )
『勉強できる子 卑屈化社会』

2012年に岡山で2014年に東京で一緒にスライドトークイベントをやった前川ヤスタカさんが新著を上梓されました。

『勉強できる子 卑屈化社会』

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日本では勉強のできる子がなぜか「うしろめたさ」を感じてしまう。なぜかみんな、勉強ができる人をストレートに褒めない。本書はそんな風潮が生み出された背景を考察し、解決策を提言する本です。

タイトルの「社会」という語が示すように、これは一種の日本社会論です。日本人の多くが漠然と思っていることを指摘し、「なぜそう思うようになったのか」を論理的に解析しています。社会心理学の書とも言えますし、また、メディア論・テレビ論にもなっています。

とはいえ、決して堅苦しい本ではありません。著者の体験を踏まえた「あるある話」や、具体的な事例をベースに話が進むので、分かりやすくて読みやすい。あいだに入る能町みね子さんのイラスト漫画もいちいち面白いです(特に165ページの三角関数のやつ、爆笑しました)。

「勉強できる子・できた子」は共感しまくりの内容だと思いますが(現役世代へのアドバイスもあります)、そうじゃない人(私です)にとってもたいへん読み応えのあるものになっています。この社会に満ちている目に見えない「空気」を、本書は実にうまく捕獲しています。

「勉強もスポーツも平等に称えようよ」という、シンプルだけど今まで誰もちゃんと言わなかったことを真正面から唱えた本書。とても意義のある第一歩だと思います。いつか未来の人が『勉強できる子 卑屈化社会』を図書館で見つけて、「昔の日本社会ってこんなだったの!?」って驚いてたら、いいなあ。


『勉強できる子 卑屈化社会』
著者:前川ヤスタカ
出版社:宝島社
価格:1200円(税別)
ページ数:246P
ISBN:978-4-8002-5943-1
発売日:2016年12月10日



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by pictist | 2017-01-04 09:32 | レビュー
【書籍】好奇心をぐりぐり刺激する対談エンターテイメント

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『ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市』
東浩紀・大山顕 共著
幻冬舎新書(幻冬舎)
2016年1月29日発行

東浩紀さんと大山顕さんの共著『ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市』が刊行されました。まえがきに僕の名前が出てくるから宣伝します……というわけではなく、めちゃくちゃ面白いからみんなに読んでほしいのです。

まだ僕も途中までしか読んでないけど、面白いことはすでに分かってまして。なぜならこの本は、過去4回にわたる東さんと大山さん(ゲスト・石川初さん)の対談の内容をまとめたものであり、僕はその対談をすべてニコ生で視聴済みだからです(現場に行けない地方在住者のつらさ)。

タイトルだけだと内容が分かりづらいかもしれませんね。ショッピングモールの話がそんなに面白いの? 商業施設うんぬんって興味ないし……と思ったあなた、ちょっと待ってくれ。この本には、たとえばこんな話が出てきます。


・セイタカアワダチソウは社会制度の隙間に生えている。

・ぼくたちはいつのまにか、「シェアできない写真は撮る価値がない」と思うようになっている。

・昭和40年代くらいまでは、飲み会のあと家に同僚をつれてくることは不自然な行動ではなかった。今はそんなことしない。なぜか。

・欧米の住所は通りを基準にしたストリートシステム。日本の住所は番地を基準にした田んぼシステム。京都だけが例外。東京も江戸時代はストリートシステムだった。

・デス・スターがかっこいいのは、外観がバックヤードだから。

・人間は芝生を植え、刈ることで芝生を支配していると思い込んでいるけど、実は逆。芝生は人間を利用して自分たちの勢力範囲をどんどん広げている。

・ファミレスからファミリーがいなくなった。

・ディズニーワールドではすべてのパークの入口に星条旗が掲げられている。なぜアメリカでは、ポップカルチャーがかくも屈託なくナショナリズムを担うことができるのか。

・かつて建築には必ず表と裏が定められていたが、ショッピングモールにはそれがない。いわば、外側はすべて裏で、内部こそが表。

・世界中のモールは同じ文法でつくられている。初めて行った人間でも何がどこにあるか直感的に分かる。そしてモールの中ではみんな同じふるまいをする。人種も宗教も政治体制も越えてしまっている。

・日本のディズニーランドの「ジャングルクルーズ」のジャングルに植えられている植物はビワ。

・吹き抜けがあるのがモールで、ないのが百貨店。


ね、こういう話そそられませんか? それとも、よけいにわけが分からなくなった? 本人たちもこの対談を「放談」と言ってますが、これは論理と検証を積み重ねるようなカタコリ型の対談ではありません。脇道と本筋を行ったり来たりするうちに様々なアイデアが生まれ、彼ら自身も予想しなかった場所へ到達してしまうという、好奇心をぐりぐり刺激する対談エンターテイメントなのです。

合言葉は、ノー・エビデンス(根拠なし)!

とはいえ、ちゃんと概要説明もしておかなくてはならないと思うので、東さんによる本書のあとがきから一部を引用します。これが端的に本書の意義を伝えていると思います。


ショッピングモールについて考えることは、現代人の都市空間や公共空間への欲望そのものについて考えることに直結している。にも関わらず、ショッピングモールは知的な議論や観察の対象になってこなかった。ショッピングモールといえば軽薄で安価な「大衆消費」の象徴で、地元商店街が善で大規模商業施設は悪で、「まとも」な都市論や建築批評は商店街の側に立つものという図式が、数年前までほぼ自明視されていた。しかしそれは、あまりにも視野が狭い見方ではなかろうか。百歩譲って、ショッピングセンターの乱立が社会を荒廃させるのだとしても、それならばなぜ人々はその「荒廃」を求めるのか、と問う必要がある。


タイトルが示す通り、本書で取り上げられる話題はショッピングモール「から」始まってさまざまな方向に飛んでいきます。好奇心の海をクルーズしているような気分。どこへつれていかれるか分からない、スリリングな知的クルーズです。



ところで大山さんによる本書のまえがきに僕の言葉(ツイート)が引用されているのですが、それはこういうものです。「ディズニーランドが『アメリカのニセモノ』として存在し続けることで、遡行して『アメリカを本物にしたいから』なのではないか」

これは質問コーナーでマイクを持った石川初さんの「ディズニーランドはギリギリのところで本物にならないようにしている。本物になれないのではなく、あえて本物にならない屈折がある」という主旨の発言を聞いて、思いついてツイートしたのでした。

実はこれには元ネタがあって、ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』の中に「ディズニーランドは、アメリカすべてがディズニーランドなんだということを隠すために、そこにある」というくだりがあるんです。これが昔からずっと頭に残ってて、ふと結びついたというわけ。

『シミュラークルとシミュレーション』、面白いですよ。他にも「ディズニーランドの幻想は真でも偽でもない」とか、「オリジナルと似通った世界に我々は生きている」とか、ぐっとくるワードがたくさん出てきます。僕はずっと「本物とニセモノ」についてライフワーク的に考え続けているので、これもそういった興味からつながったものです。



本書を読んでいて、またハッと思いついたことがありまして。第3章で「ディズニーワールドには偽物のバックヤードを見せるアトラクションがある」という話が出てくるんですね。たとえばアニマルキングダムには、園内のサファリとは別に、そのサファリの裏側を見られるという設定のアトラクションがある。これが明らかにウソで、バックヤードも偽物であると。

「バックヤードがあることを伝える」というのは、つまり「このサファリは人工的に管理されてるんですよ」ってわざわざ表明しているということですよね。「サファリって言ってますけど、ここは本当のアフリカ大陸じゃないんです」と明かしてる(もちろんアフリカだと思ってる人はいないだろうけど)。これもまた、石川さんが指摘した「あえて本物になろうとしない屈折した態度」のように思えました。

もちろんノー・エビデンス! です。


『ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市』
http://www.amazon.co.jp/dp/4344984048


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by pictist | 2016-02-11 00:42 | レビュー
『文字の食卓』
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「この人にしか書けなかっただろうな」と思わせてくれる本に出会うとうれしくなる。もちろんどんな本だってその著者によってしか書けなかったものだろうけど、しかし明確にそう思わせてくれる本がときどきある。

その人が書かなければならなかった本。その本がまるで、「書かれたこと」に喜んでいるかのような本。『文字の食卓』(正木香子/本の雑誌社)はまさしくそういう本だ。

本書は、消えつつある「写植書体」を著者の読書体験とともに紹介するエッセイである。

あなたは「書体」というものを意識して本を読んだことがあるだろうか。私は仕事柄、多少は書体に敏感だ。しかし読書をする際に書体を気にしたことはほとんどない。

先週読んだ小説の書体と、今日読んだ小説の書体の違いなど考えたことがない。ましてや子供の頃に読んだ本の書体など憶えているはずもない。ほとんどの人はそうだろう。

ところが著者の正木さんは、絶対音感ならぬ絶対書体感とでも言うべき才能を持っているらしい。まずそこが面白い。


この書体に出会ったのがいつかときかれたら、絶対的な自信をもって答えられる。
それは十歳のとき、こんな本だった。
(氷彫刻の文字)


夏休みの読書感想文で読まされる「課題図書」は、どういうわけかたいていこの書体でかかれていた。
(花の文字)


〈石井太丸ゴシック〉は、私が毎週金曜日の夜を心待ちにしていた当時、テレビ番組のテロップでよくつかわれていた書体だ。
(こんぺいとうの文字)


私にはこんな能力は備わっていない。著者の「さまざまな書体との出会い」には共感することができない。しかし、だから、わくわくしてしまう。この人の目に映っている世界が知りたい、と思う。


「声」としかいいあらわせない、深夜のラジオみたいな親しい空気が文字から伝わってくる。
(夜食の文字)


匂やかで、みずみずしくて、どこかいろっぽい文字。それは鮮やかに割れた果肉を想像させる。
(果実の文字)


ガス入りの冷たいお水みたいに、文字のひとつひとつが、かすかに発砲しているような感じ。
(微炭酸の文字)


この文字は、白い。
(ヨーグルトの文字)


この文字でかかれた言葉は、かすかに甘い、半透明の膜でコーティングされているみたいに感じるのだ。
(こんぺいとうの文字)


書体から、色彩や音や匂いや味わいを感じる。なんてすてきな感覚なのだろうと思う。そしてその感覚は、決してこの著者の中だけにあるものではない。掲載されているそれぞれの書体を見ながら読むと、「言われてみれば確かにそうだ」と思えるのだ。

私たちがその書体を見たときに漠然と抱く感情、意識にのぼる前に蒸発してしまう印象を、見事に言語化している。今までそんなこと考えたこともないのに、「果実のような文字」と言われた瞬間、「自分はそれを前から知っていた」とさえ思ってしまう。

それらを味わうだけでも十分に楽しいのだが、この本にはもう一つの魅力がある。

子供時代、夢中で本を読んでいた頃の、あの特別な感情を思い起こさせてくれるのだ。心地よい孤独感と、陶酔。本というものへの絶対的な信頼。大人になるにつれて(私の場合は)薄れていったあの感覚を、本書は何度も心に蘇らせてくれた。

著者は二章目の「チューインガムの文字」の中でこう書いている。


〈石井細明朝ニュースタイル〉は、一人称がとてもよく似合うと思う。
どうしてだろう。
この文字でかかれた「わたし」が、なにかに同化しているような印象を受けるからかもしれない。忘れかけていたあの本を、夢中で読んでいたころの遠い記憶に。そこに描かれていた人生や物語に。そのときの自分に。


これは本書を貫くコンセプトの表明にもなっていると思う。私はこの本を、あの頃の自分と一緒に読んでいたような気がする。

読み終えるのがもったいなくて、でも我慢できなくて、あっというまに、ぺろっと読んでしまった。

正木さん、ごちそうさまでした。


『文字の食卓』
正木香子
出版社:本の雑誌社
発売日: 2013/10/24
ページ数:256ページ
ISBN-13:978-4860112479

ーー

版元の紹介ページ
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860112474.html
著者インタビューも読めます。





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by pictist | 2013-11-07 09:04 | レビュー
『間取り図大好き!』
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この本は「間取り図ナイト」というシリーズイベントの内容をもとに構成されています。「間取り図ナイト」は森岡友樹、大山顕、大塚幸代の3者によるスライドトークショー。全国ツアーまで開催されるほどの人気イベントです。

僕は間取り図にはそれほど興味がないんだけど、森岡さん、大山さんと友人なので、このイベントをずっと見守ってきました。一度ゲスト出演させてもらったこともあります。

で、ここが重要なんですが。間取り図に興味のない僕がこのイベントを見て面白いのか?というと、すっごく面白い。何度も噴き出してしまう。友人がやってるからとかじゃなく。これはやっぱり、間取り図のチョイスと、つっこみの角度がうまいからだと思います。それと3人のかけあいが絶妙だから。

そんな間取り図ナイトを書籍化したのがこの本なわけですが、トークの面白みをうまーく紙に落とし込んであって、最後まで楽しく読めました。書籍化にあたっておそらくいろんなアプローチを考えただろうけど、この構成は正解だったと思います。

僕みたいに「間取り図にはべつに興味ないなー」という人にも読んでもらいたい。これ読んで一回も噴かない人はいないんじゃないかな。

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あとね、もう一つ言っておきたいことがありまして。それは森岡さんの中にある「笑うことだけが間取り図の楽しみ方じゃないよ」という思い。今までに何度か、雑談中にそういう話を聞きました。森岡さんは本のタイトル通り「間取り図大好き!」な人で、べつにつっこみ目的で間取り図を収集してるわけじゃないんですね。もともとは。

ただイベントをやったり、今回のように書籍化したりすると、やっぱりエンターテイメントを軸にせざるをえない。でも森岡さんは「面白くない間取り図なんてない」って言ってるんです。べつにおかしな物件じゃなくても、どんな間取り図でもじっくり見てると面白いんだよ、と。

エンターテイメントを通して、その向こう側にある間取り図そのものの魅力を伝えていきたいと森岡さんは思ってるはず。そんな思いの片鱗が、本書にも現れてます。148ページのコラム「いい物件探しのための、新しい間取り図の見方」なんかはストレートにそういう考えが出てるし、71ページの「窓がかっこいい」や、171ページの「何も間違ってないけどじわじわくる」間取り図なんかは、森岡さんから読者への無言のメッセージだと思いました。(無言じゃないけど)

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この本は笑って読める本です。でも、間取り図は笑えるかどうかじゃないんだよ、その向こう側へおいでよ、と森岡さんは手招きしている。今のところ僕はそこへ行くつもりはないけど、ぜひみなさん、お先にどうぞ。「向こう側」にいる人たち、すごく楽しそうだよ。

『間取り図大好き!』
間取り図ナイト編
出版社:扶桑社
発売日: 2013/1/30
ページ数:193p
ISBN:9784594067694

http://www.amazon.co.jp/dp/4594067697

ーー

*大山さんのブログでも紹介されてます。
「住宅都市整理公団」別棟
http://blog.livedoor.jp/sohsai/archives/51946903.html





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by pictist | 2013-03-13 01:59 | レビュー
『タイポさんぽ 路上の文字観察』
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最近いろんな人に薦めまくってます。『タイポさんぽ 路上の文字観察』(藤本健太郎/誠文堂新光社)は街の看板から「文字」を採取し、そのデザインの妙を鑑賞した本。


町の風景に溢れる見慣れた「普通の書体」の海から、岩礁のように個性を突き出し訴えかけてくる文字


という一文が本書の中に出てきますが、これは著者の藤本さんの眼差しを端的に表していると思います。市井のデザイナーや職人の手仕事に宿る個性と野性を、藤本さんは愛する。その愛が本書の魅力の源泉となっています。

印象的なフレーズをいくつか引用しましょう。


なんでもかんでも既製書体でキレイ目に組んでおけば間違いないという考え方に鉄拳を喰らわすかのような、この奔放なシルエット

かつてあった法則性が失われたのかそれとも最初からそんなものはなかったのか限りなく分かんない感じ

描いた人の息づかいが伝わってくるようなアコースティック・タイポ

ちょっとやりすぎじゃないのか!と思ってしまうほどの躍動感

蒸留されきった現代の高精度な書体にはない、剥き身の迫力を持つ手仕事レタリング

「こういうのはどうだろう」と鉛筆ラフを描いているうちに思い付いたとしても、それを最後までやりきろうとはそうそう思わない処理

ちょっと他にあったかどうか思い出せない個性的な配色

文字としての完成度云々などといったこととはまったく別の次元に花開いた自由さ

レタリング奥義の惜しみないデモンストレーション


どうですか。この愛と可笑しみに満ちた表現。日本中どの街にも溢れている看板タイポグラフィを、こんなスタンスで切り取った人がかつていたでしょうか。

「見たことあるのに見えてなかった」が私の活動のテーマですが、本書も見事にそう思わせてくれるものでした。いつもの散歩がタイポさんぽに変わってしまう人、続出の予感です。

『タイポさんぽ 路上の文字観察』
藤本健太郎
出版社:誠文堂新光社
発売日: 2012/8/17
ページ数:167ページ
ISBN:9784416212844

http://www.amazon.co.jp/dp/4416212844

版元の紹介ページ
http://www.idea-mag.com/jp/publication/b036.php

ーー

※追記

出版記念イベントが決まりました!
かつて私も「ピクトさんナイト」を開催した、お台場のカルカルです。
私は駆けつけることができませんが、みなさんぜひ!

【タイポがたり ~路上の文字観察を語る!~】
2012年10月21日(日)
Open 12:30 Start 13:00 End 15:00 (予定)
前売券/¥1500 (その他飲食代は別途) 当日券/¥2000

詳細
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_120927204053_1.htm



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by pictist | 2012-09-01 05:29 | レビュー